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국제고려학회 일본지부 소개

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日本支部通信

第18号 (2003.2)

巻頭言

 国際高麗学会平壌支部の学術討論会に参加して
高 龍 秀 


昨年11月27日、国際高麗学会平壌支部が主催した「わが国の経済関係法 学術討論会」が開催された。日本からは、滝沢秀樹・国際高麗学会元会長、国際高麗学会本部の裴龍氏と筆者の3名が参加した。5日間の訪朝期間中に、上記の討論会に加えて、朝鮮社会科学院の学者たちとの座談会、朝鮮社会科学院の創立50周年式典に参加することができた。9月の日朝首脳会談以来、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)を取り巻く情勢が激動する中で、今回の訪朝と平壌支部との交流は、貴重な経験であったし、多くのことを考えさせられた。
まず、国際高麗学会平壌支部の学術討論会では、13編の論文が報告された。テーマは、「強盛大国建設と法」「共和国における対外経済取引と法律」「貿易紛争解決制度」「損害補償法」「民事上の代理について」「外国投資保護制度」「海運法」「著作権法」「経済貿易地帯法規」などに関してである。率直に言って、討論会の場で質疑応答の時間が設けられていなかったことが残念であるが、上にあげた報告テーマの多くは興味深いものであり、現在、北朝鮮で、貿易紛争や損害補償などについての法整備が重要視されていることが実感できた。ラジン・ソンボンに続き、新義州、開城、金剛山が開放特区に指定される中で、北朝鮮は計画経済を基本としながらも、西側経済との接点が拡大することに備え、それに伴う法整備を進めていると理解できるだろう。
第2に、27日以降、公式の討論会以外に設けられた3回の座談会で、社会科学院の学者たちと極めて率直に意見交換ができたことが最も印象的であった。特に、昨年7月以来の経済政策についての議論は興味深かった。コメも含めた物資の価格を大幅に引き上げ調整したこと、労働者の賃金も引き上げ、成果主義に基づいて賃金格差を認め「分配の平等主義」を排除することなどが、私たちの予想を越えるほど率直に説明された。価格の調整は、かなり大幅な価格引き上げをした上で、実際の物資の需給バランスを見ながら今後も調整する必要性を感じているようであった。経済・歴史などをテーマとした座談会における、社会科学院の学者たちの真摯で、具体的に問題を説明しようとする姿勢が極めて印象的であった。
第3に、経済的な困難の中でも、PCやソフトなどのIT産業にかなり力を入れているという印象であった。滞在期間中にもたびたび停電を経験したし、物不足などの経済的困難も実感できた。その一方で、社会科学院の書籍販売室では、PCが数台あり、社会科学院の歴史と組織を動画で説明するソフトや、蔵書や資料集に関するCD-ROMなどが展示されていた。また、中古のPCが日本円で3-4万円程度で購入できるとのことで、ある程度余裕のある家庭では購入されているようである。経済資源が乏しい中で、限られた資源をIT産業に集中しようという政策の一面を見たようである。
昨年9月の日朝首脳会談以来、歴史的な日本の植民地支配清算の問題は棚上げされ、「拉致問題」だけが異常な注目を集め、さらに「核問題」をめぐる米朝間の駆け引きなど、情勢は激動している。一連の経済政策に見られる「実利追求」という改革的側面と、「強盛大国」「軍事優先」という側面をどのように包括的に把握し、北朝鮮の実像を分析することができるであろうか。日朝関係、米朝関係の推移をどう分析すべきであろうか。高麗学会で議論すべき課題は多くある。今後も平壌支部も含めた、真摯で学術的な国際的な交流が望まれるし、その可能性を感じた訪朝であった。(甲南大学教授)


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〔国際高麗学会日本支部 第6回学術大会〕
2002年11月23日(土) 9:30~18:30 大阪経済法科大学 東京麻布台セミナーハウス


国際高麗学会日本支部は昨年11月23日(日)、大阪経済法科大学東京麻布台セミナーハウスで午前中に第6回学術大会を開催し、2名が自由論題報告を行った。続いて開かれた第6回総会では、01、02年度事業報告と会計報告、および03年度事業計画が承認・採択された。
午後には「在日コリアンフォーラム──在日コリアンと公共性」(同実行委員会共催)が催され、7人のパネラーと約60人の参加者による活発な議論が交わされた。


〔自由論題報告〕

中国延辺朝鮮族における韓国語使用をめぐる言語意識調査
──若年層を中心に──
全 永 男 


◇ キーワード:延辺の朝鮮語・韓国語・言語意識・変容

 1.はじめに
今年は、中国と韓国の国交が成立して10年を迎える年である。この10年間、中国における韓国の存在が大きくなるにつれ、韓国人と同じ民族としての中国の朝鮮族も、経済、文化など諸方面で変容を迫られている。
延辺の朝鮮族の言語問題もその一部分である。報告者は、今回の延辺朝鮮族における韓国語使用をめぐる言語意識調査を通して、延辺朝鮮族の韓国語に対する言語意識の実態を明らかにし、本人がこれから行う延辺における韓国語使用実態の解明の立証根拠を探そうとしている。

 

2.アンケート調査の概要
・調査日時:2001年8月13日―8月21日
・調査地域:中国延辺朝鮮族自治州の延吉市
・調査方法:朝鮮語で作成した調査票を、筆者と筆者の知人が延吉市内の4つの学校、会社に依頼して配布し、1週間後に再び訪ねて調査票を回収する方法をとった。
・被調査者:10代(16歳以上)、20代の若年層を中心に、151人に対し調査実施

 

 3.調査分析と考察
3.1 延辺、韓国への好悪
● 「最も好きな歌、最も好きなドラマは何ですか」(図1、図2)
・韓国の歌が78%、韓国のドラマ80%、他の地域の歌とドラマより圧倒的に多い。韓国社会への単なる憧れよりも、同じ民族文化への親近感の表れと考えられる。
● 「あなたは延辺、韓国が好きですか、嫌いですか」(図3、図4)
・「韓国が嫌い」と答えた女性の回答者が9%、男性回答者は31%。平均値を1割も上回る10代層の26.5%も目立つ。韓国文化への親近感以外に、韓国という国に対する朝鮮族の複雑な心境が現れている。
3.2 延辺の朝鮮語、韓国語へのイメージ(図5、図6)
● 「あなたは延辺の朝鮮語、韓国語にどのようなイメージを持っていますか」
・延辺と韓国への好感度と延辺語と韓国語へのプラス、マイナス評価が逆の結果。「親しみやすい」以外に、延辺語に対するプラスイメージが、韓国語を全面的に下回っている。
・40.4%の回答者が、韓国語が「親しみやすくない」との全体評価に対して、その平均値を15%上回る男性層と、20%も上回る10代の層の評価が顕著である。
3.3 言語能力
● 「あなたは韓国語がどれぐらいできますか」(表2)(図7)
・全体的に「聞く」能力を除いては「話す」、「読む」、「書く」3機能とも「よくできる」、「かなりできる」の合計が、50―60%。韓国文化の影響を最も多く受けていると予想される10代層は、「聞く」能力が2位で、それ以外の能力はすべて最低値。
3.4 延辺朝鮮族の日常生活における韓国語使用
● 「延辺テレビ局のアナウンサーの言葉が韓国語の影響を受けていると思いますか」
・「とても思う」、「かなり思う」の合計が94.7%。
● 「韓国人と話をするとき、自分の朝鮮語に変化があると思いますか」
・6割以上の人が変化ある。
● 「話し相手によって、延辺語と韓国語を使い分ける必要があると思いますか」(表3)
・8割以上の人がその必要性を感じている。
● 「延辺のレストランなどで、延辺の朝鮮族が、韓国語で韓国人と話しているのを見たとき、あなたはどう思いますか」
・「区分が明確でいい」、「当然だ」が24.5%と19.2%、「不自然だ」が21.9%。
● 韓国人に朝鮮語の使い分けについて、指摘を受けたことのあると答えた回答者に「そのときどう思いましたか」
・「延辺ではこのように使っていると開き直った」が38.6%、「別に何とも思わなかった」が29.5%、「腹が立った」が4.5%。男性層よりも、女性層の言語指摘に対する反応が敏感である。
3.5 延辺における朝鮮語の将来と韓国語の行方
● 「延辺語は時代の流れに遅れていると思いますか」
・「全く思わない」が41.7%、「少し遅れている」が32.5%、「遅れている」が13.2%。
● 「延辺語の将来についてどう思いますか」
・「2、30年後には韓国語に変わる」が20.5%、「保存されると思う」が53%。

 

 4.まとめと今後の課題
延辺の朝鮮族にとって、韓国語という存在はマスコミ用語としてすでに違和感のない、親しみさえ感じる理想的な言葉であり、一方では、同じ民族でありながら、社会制度の違い、経済格差などにより違和感を感じる現実の中の言葉でもある。
今後は、延辺の朝鮮族の韓国語使用に対する言語意識の分析結果をもとに、韓国語使用場面の分析も行って、延辺においての韓国語使用の実態を明らかにしていきたいと考えている。(大阪大学大学院博士後期課程)

【表1】被調査者の基本属性

  男性 女性 不明(性別) 人数
全体 58( 38.4) 89( 58.9) 4( 2.6) 151( 99.9)


不明(性)
58(100.0)


89(100.0)


4(100.0)
58( 38.4)
89( 58.9)
4( 2.6)
10代
20代
30代
40代以上
不明(年齢)

31( 45.6)
13( 28.9)
9( 42.9)
3( 37.5)
2( 22.2)

37( 54.4)
30( 66.7)
12( 57.1)
5( 62.5)
5( 55.6)


2( 4.4)


2( 22.2)

68( 45.0)
45( 29.8)
21( 13.9)
8( 5.3)
9( 5.7)
学生
給与生活者
自営者
主婦
その他
33( 42.3)
15( 35.7)
2( 66.7)

10( 43.5)
44( 56.4)
25( 59.6)
1( 33.3)
5(100.0)
12( 52.2)
1( 1.3)
2( 4.8)


1( 4.3)
78( 51.7)
42( 27.8)
3( 2.0)
5( 3.3)
23( 15.2)

(注)小数点第2位を四捨五入、以下同様


【表2】韓国語がどれぐらいできますか

  よくできる 少しできる 余りできない 全くできない 分からない
話す 8.6 47.7 21.2 15.9 6.6
聞く 37.1 50.3 6.0 2.0 4.6
読む 29.1 33.8 18.5 13.2 5.3
書く 31.8 38.4 11.9 9.3 8.6

【表3】延辺語と韓国語を使い分ける必要があると思いますか

  とても思う やや思う そうは思わない 分からない
全体 39.7 47.0 7.3 6.0
男性 29.3 55.2 10.3 5.2
女性 47.2 42.7 5.6 4.5
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 〔自由論題報告〕

韓国における儒教・儒者の記憶と機能
─朴正煕時代を中心に─
辺 英 浩


Ⅰ.はじめに
一般的に朴正煕は儒教と李氏朝鮮王朝史を否定したといわれている。62年に発表した『韓民族の進路』で儒教を徹底的に批判し、73年以降「家庭儀礼準則」を制定し、宗族の冠婚葬祭が過度にならないように規制していったことがその根拠とされている。だが、ことは単純ではない。73年10月の維新体制頃に、第3次教育課程が始まり、この時に教科書が国定化されるが、当然朴正煕の意向が教科書にさまざまな形で反映されていたであろう。国史のみならず中学校道徳、高等学校倫理などで儒教的な忠、孝が積極的に評価されているのである。朴正煕が儒教を利用して国民統合に利用していたのではないかと思われる。

 

 Ⅱ.紙幣と儒者
韓国人の行動様式や心情には、「儒教的なもの」が深く浸透しているが、その象徴的なものとして紙幣がある。現在の紙幣は、実は維新体制期に登場している。72年に5000ウオン紙幣(李栗谷)、73年に1万ウオン紙幣(世宗大王)、新500ウオン紙幣(李舜臣)、75年に1000ウオン紙幣(李退渓)が発行された。教科書の国定化と儒教の忠孝観念の賞賛がなされる時期と重なっている。朴正煕は、儒教を批判しながらも、維新体制期に、逆に儒教を積極的に利用して活用した面もある。

 

 Ⅲ.韓国における儒教評価の歴史
日本の植民地に転落した責任は、地主、官僚(予備軍)、儒教的知識人を兼ね備えた両班と呼ばれる李氏朝鮮王朝の支配階層にあるはずであるが、韓国においては、韓国民主党以来、支配階層を形成してきたのは、この両班の系譜を引く階層であった。
彼らは全面的な自己批判に繋がりかねない儒教批判、両班批判をせず、特定の個人を売国奴などとして責任を負わせるという態度に終始してきた。そのため、儒教が近代化の阻害要因になるという認識があるであろうが、韓国では、儒教批判運動は一度も起こったためしがない。
しかし、確かに儒教批判運動は起こったことはないであろうが、儒教的知識人である両班階層に植民地転落の一義的責任があり、武事及び肉体労働蔑視・職業差別観・身内偏愛・女性蔑視・事大主義などを背負う朝鮮儒教は現代においても国防と近代化の阻害要因であるという認識が、韓国民の中に意識的、無意識的にある。そのため、儒教に対して否定的な社会的雰囲気が韓国社会を覆っている。
だが、韓国において、いわば両班の系譜とは異質な階層が権力を握った時期がある。軍部出身者が政権を握った朴正煕大統領時代である。

 

 Ⅳ.朴正煕の儒教・儒者論と国家的記憶
62年の朴正煕によれば韓国人は民族や国家に帰属意識を持たず、血縁団体や地縁団体、及び学閥などに帰属意識を持ち、上下的な身分観念も持ち、近代的な国民が形成されていないという状況であった。このような上下の差別意識、宗族などの各種派閥意識は、李氏朝鮮時代にその起源を持つものであり、特に不平等な家族共同体の中に、その根拠があることも理解していた。これらの解決方途は、自我の確立、個人の自立を果たすこと、いま少し具体的には上下の支配服従関係が孕まれている家族の中で、平等な人間関係を実現することである。彼はいわば韓国版の国民国家形成の見取り図を国民に示した。
しかし維新体制期には儒教批判は後退する。62年段階と同じように、地縁、血縁的な中間団体を否定して国民の団結を強調するが、しかしその団結の内容は大きく異なるものに変化していた。個人は「透徹した国家観」と「国家に対する忠誠心」を持たなければならず、この忠誠心は私的な家庭生活の場にまで要請された。「国民一人一人が、『私』と『国』を一つとして認識し~」というものの、実際には『私』と『国家』が対立する場面では、『私』が抑圧、否定されるのである。ここでは、近代的な国民というよりは、大日本帝国憲法下の「臣民」に近い存在に変容していた。
朴正煕は維新体制期に忠武公(=李舜臣)の銅像建設をはじめ、各種の顕彰的な運動を行うが、この時の政府広報資料の中で明確に日本起源の「滅私奉公」という表現で、大韓民国という国家(あるいは朴大統領)への忠誠と服従が説かれている。それに対応するように朴正煕時代の初期に見られた、自我・個人の確立とそれを阻む家族主義道徳、儒教への批判は見られなくなる。
維新体制期には、「透徹した国家観」と「滅私奉公の精神」が強調された。しかし、対外的な危機感をあおり、国家や公のために「滅私」せよと説かれても、個人が内面から「私」を滅することはなかなか困難である。「滅私奉公」実現のためには、さらなるイデオロギー的補強・合理化が必要であった。維新体制期の73年に教科書が国定化されるが、この時期の国定教科書には家族主義道徳を積極的に評価・肯定し、その道徳を全民族・国民にまで拡大することを奨励する教化が繰り返される。「孝」を「忠」にまで拡大しようとするイデオロギー教化である。「滅私奉公の精神」を儒教の「忠」・「孝」により補強しようとしていた。具体的にはこの大家族、一門、親戚などの内部にとどめられていたよき美風を、全民族・国民のレベルにまで拡大する教化が繰り返されていた。いわば家族内の道徳である「孝」を一門、親戚を越えて、全民族・国民にまで拡大するのである。このような説明は、いくつかのバリエーションが持たせられながら道徳教科書の中に多く現れている。例えば自分の父母への尊敬を、他人の父母、隣人の父母へのそれへと立場を置き換えて拡大していく教化などである。孝の強調によって家族内の下にある人間の権利・人格が抑圧され、その個人から民族・国家への献身=忠誠心を引き出す。これは滅私奉公の精神と見事に重なり合っている。

 

 Ⅴ.結びに代えて
朴正煕のこの大きな変化をどう理解すべきであろうか。大きくふたつの可能性が考えられよう。一つの可能性。初期の頃の韓国政治批判、儒教批判は、ただでさえ軍事クーデターという非常手段で政権を掌握した朴正煕が国内外の世論の反発を和らげるために掲げた急ごしらえの大義名分に過ぎず、決して切実に考え込んだ実行目標ではなかったという理解である。
もうひとつの可能性。初期の朴正煕の主張を文字通りに本心からのものと受け止めるものである。確かに、初期の朴正煕の著作からは単なる急場しのぎの大義名分にすぎないということでは理解できない異様な熱気と、政治家というよりは一個の思想家然とした歴史的、論理的な分析が随所に見られる。
※本報告は、都留文科大学比較文化学科編『記憶の比較文化論』柏書房、2003年2月、に掲載されますので詳細はそちらを参照願います。

(都留文科大学助教授)


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 〔パネリスト発題要旨〕

「在日朝鮮人と公共性」の議論に先立って
文 京 洙 


2001年末、韓国・朝鮮籍の「特別永住者」は、495,986人となってついに50万人の線を初めて割りこんだ。かつては、日本の外国人登録者の9割前後を占めていた在日朝鮮人の比率も、90年頃の5割前後の時期を経て、いまでは3割にも充たない。95年以降、韓国・朝鮮籍の帰化者数は、年1万人前後で推移し、おおむね、特別永住者の減少数に符号する。在日朝鮮人をめぐって「帰化の雪崩現象」が言われる所以である。今後も、同じテンポで特別永住者が減りつづければ、植民地支配の背景をもつ在日朝鮮人は、特定の法的地位に結ばれた集団としては半世紀後に消滅することになる。
法務省の「出入国管理基本計画(第2次)」(2000年)は、そういう私たち在日朝鮮人の先細り状況を言外にほのめかしている。この計画には、グローバル化時代の日本の入管行政として、日本にゆかりをもつ外国人(日系人、日本人の配偶者など)は手厚く処遇するが、好ましくない外国人は厳しく排除するという方向が示されている。私たち特別永住者については、もはや、入管行政の問題としては終わったかのように、永住者としてくくられて僅かに言及されているだけで、それ自体の処遇についてはほとんど触れられていない。そこでは、旧植民地出身者に対するこれまでの扱いについては、ほおかぶりを決め込んだうえで、「日本人と外国人が円滑に共存・共生していく社会づくりに努めていく」ことが厚かましくも語られている。
一方で、「多文化共生」への機運や「過去の反省」が国民的に共有される度合いのピークであった1990年代の半ば以降、その反動からか、逆に「国民意識」の立て直しやナショナリズムの復権への動きがこの日本でも目立ちはじめている。もちろん、それは混じりけのない「国民」を前提とする日本的ナショナリズムの単純な再現とはいえない。
上の「基本計画」の内容とも重ね合わせて考えると、そこに垣間見えるのは、「日本国民の外延の拡大」ともいうべき方向である。つまり、いわば生粋の「日本人」を内包として、日本にゆかりのある者(定住者、日本人の配偶者、旧植民地出身者など)を「日本国民」の外延として組み入れ、さらにその外側にいわば使い捨ての「外国人労働者」を置くという、階層的な秩序が描かれている。それは、まさに、「多文化共生」の理念を、国民の枠組みの再定義と二重化に矮小化しようという試みともいえる。
そして、いま、私たち在日朝鮮人はそんな中におかれている。
戦後日本の「高度経済成長」は、私たち在日朝鮮人の世界でも、各人がそれぞれの実感にもとづいて思うままに考え、行動できる領域をおおいに広げた。「都市の時代」の若々しい個人主義や権利意識は、「高度成長」世代ともいうべき在日朝鮮人にも確実に浸透し、それは、70年代以降の権益擁護にまつわる新しいタイプの運動にそのはけ口を見いだす。いわばそれは、「国家」とか「民族」という枠組みでは律することの出来ない「エスニシティ」や「市民」としての歴史感覚の台頭を意味する。そこでは一世的な集団主義の理念は否定されるか、せいぜい相対化され、“民族”の問題も、様々な濃淡をもつ一人一人の個性の問題に還元されがちであった。
在日朝鮮人の数としての先細りが進んだ90年代は、そういう「相対化」や「脱構築」が風靡した時代でもあり、そんな中で私たちは「公共的な事柄」との接点を徐々に見失いつつあるかに見える。「着地点を欠いた宙ぶらりんの個人」、いまの私たちはそんなふうにも比喩できるかもしれない。要するに、私たちは、いま、私たちが関係しそのあり方に責任を負うべき社会や集団をあらためて見定め、その行く末をめぐる対等で開かれた議論の場に進み出ることが求められているのである。
「公共性」もしくは「公共圏」とは、さしあたって、そういう新しい、開かれた共同性の表現であるとともに、そうした共同性をつちかううえでの「議論の作法」を意味している。ともあれ、それは、「相対化」が一巡りした時代の、私たち在日朝鮮人のあり方をめぐる論議の一つの手がかりとして示されている。

(立命館大学教授)


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〔西日本地域研究会報告要旨〕
第50回 2002年10月12日(土) 17:00~19:00 OICセンター 会議室

韓国労働者階級の形成
─具海根『韓国労働階級の形成』創作と批評社を素材として─
高 龍 秀

 
1.報告の目的

 ハワイ大学社会学部の具海根教授が、2001年に、Hagen Koo, Korean Workers ―The Culture and Politics of Class Formation―, Cornell University Press, 2001,を出版され、2002年7月には韓国語訳である、具海根『韓国労働階級の形成』申光栄訳、創作と批評社が出版されている。本報告では、同書の紹介を通じて、工業化過程における韓国労働者階級の形成について検討した。

 まず、本書は次のような構成になっている。

1.序論:韓国労働者階級の形成

2.産業化と労働者の出現

3.韓国企業における労働と権威

4.殉教者、女子労働者、そして教会

5.労働者と学生

6.労働者のアイデンティティと意識

7.労働者大闘争

8.岐路に立つ労働者階級

2.労働者階級と文化・政治

本書の最大の特徴は、ある社会において階級が形成されていく過程において、その文化と政治の影響を重視するという分析視角である。つまり、「労働者階級の形成」を「自ら固有の階級的アイデンティティと階級意識を築いていく過程」と捉え、「社会階級は単に生産関係によって決定されるのではなく、究極的には働く人々の具体的な生活体験を基に形成される」とすることで、人々の具体的な生活体験に強い影響をもつ、文化と政治の役割を重視するという視角である。具氏は、ヨーロッパでの労働者階級形成と比較しながら、韓国では、儒教文化の伝統と家父長制イデオロギー、そして権威主義的な国家権力が労働者の意識に大きな影響を与えたと特徴づけた。韓国の労働者は、工業化の初期段階では、「コンスニ(女工)」や「コンドリ(男子工員)」と侮蔑的に呼ばれ、または国家によって産業戦士、産業の担い手という呼び名を与えられた。更に強い教育イデオロギーにより、教育を受けられなかった労働者に強いコンプレックスがもたらされ、根強い女性差別は特に女子労働者の社会的地位を著しく低いものに追いやる役割を果たした。

しかし、このように産業化初期の文化と政治権力が、労働者の階級アイデンティティと意識の発展を抑える役割を果たしながらも、同時に労働者の強い憤りと抵抗を引き起こし、1970年代に労働者の人間的な処遇と社会正義を求める運動を生み出した。さらに、70年代には教会や社会運動が労働運動と提携し始め、労働者が階級意識を発展させるための組織的資源を提供した。

3.1980年代の労働運動

1980年代に、国家による支配イデオロギーに対して、抵抗イデオロギー、反ヘゲモニー言説が登場し、民衆運動の高揚による民衆文化、民衆意識が労働者の意識を刺激した。さらに、80年代には3000名を超える学生運動出身者(半数は女性)が工場に入っていくことで、労働者の階級意識を飛躍的に発展させた。学生出身労働運動家は、工場を超えた地域的なネットワークを形成し、85年の大宇自動車ストや九老連帯ストなどの労働運動へと発展していった。本書の興味深い点は、80年代に労働現場に入った多くの運動家とのインタビューを紹介している点である。そこでは、大学出身という身分を隠して現場に入り、小サークル活動などを行ってきた過程や、そこで直面したいくつかの困難などが生き生きと描かれている。

 韓国労働運動は1987年に、全国で10万人以上が参加する「労働者大闘争」へと発展した。これは、男性労働者中心の大規模な闘いがソウル地域だけでなく、蔚山、昌原など全国的に展開され、財閥の基幹重化学工業部門で大規模な運動が展開されたという特徴があり、新しい意味の集団的アイデンティティと階級意識を高揚させ、韓国における労働者階級の形成において最も決定的な局面といえる。さらに、この時期には、現代グループの権容睦氏を典型とする、外部知識人集団から直接的支援を受けずに、自発的に労働運動を展開する指導者が、工場内部から登場したという点も重要である。この大闘争は、財閥グループの労組協議会や、11の地域労組連帯組織、業種別・産業別連盟など様々な連帯組織の形成につながっていった。

4.1990年の国家・資本の新たな攻勢と労働運動

しかし、このような労働運動の高揚に対して、政府と資本は80年代末から新たな攻勢を加えた。政府は89年にストライキに公権力を投入し、90年に結成された全労協への弾圧を加重させた。韓国経営者総連盟(経総)は機能の強化をはかり、「無労働、無賃金」原則を訴えた。一方で、企業の枠内での安定した協調的な労使関係を志向しようとした。

資本は新しい「新経済戦略」として、①業績給など実績主義の給与体系、②グローバル化による圧力を背景に、労働力の柔軟性を高めるため、オートメーション化、臨時職やパートタイマーの活用、③教育プログラム、レクイエーション、クラブ活動など「企業文化運動」により、権威主義的な労使関係を改善し、家族的な企業文化活動を展開した。

 これらの国家と資本の新たな攻勢により、組合員数は1989年193万2,000人から97年には148万4,000人に減少するなど、特に中小企業において労働運動の後退が見られた。これに対し、労働勢力は95年に民主労総(42万人の組合員)を結成し組織整備を図った。また、民衆の党など労働者を政治的に代弁する政党の結成を試みた。

 労働者の闘いが再び高揚を見せたのが、1996年末のゼネストである。これは政府による新しい労働関係法に対抗するものであった。この労働関係法は、今後も数年間、複数労組を許可しない、雇用主に労働者を解雇し(整理解雇)、臨時職労働者の雇用とストライキ代替労働者の雇用を認めるという内容であった。これに強く反発した、民主労総がゼネストを宣言し、韓国労総もストを展開した。この闘いは、ホワイトカラーも含めた、雇用の安定を求めた広範な労働者の利害を代弁する闘いとして展開された。

5.韓国労働者階級の未来

 1997年の通貨危機により、大量の失業者が発生した。労働勢力は、整理解雇の受容を余儀なくされながらも、労使政委員会に参加する事で、労働政策決定過程に参加できるようになった。他方で、大企業と中小企業における労働者の地位の格差、正規雇用の労働者と非正規職労働者が拡大し、労働者階級における部門間の分化が進んだ。このため、一部の財閥企業では経済組合主義の傾向が見られ、労働者階級全体のアイデンティティが弱化する傾向が指摘されている。他方で民主労総は、非正規職労働者も組織化しようとするなど、部門間の分化に対応する試みも見られている。

21世の韓国労働者階級は、整備された組織を土台に、社会に建設的な未来のビジョンを提案しながら成熟した労働者階級に成長していくか、労働組合主義に没頭し、内部的に分裂し、外部から孤立したものになるかという岐路に立っているといえよう。


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第51回 2002年12月18日(水) 18:00~20:00 OICセンター 会議室

ディアスポラとしての在フィリピン韓国人──ジェンダーの視点から
久津美 香奈子

 

1.はじめに

在外韓国人は、2001年1月現在、世界151カ国において、565万3809人にのぼる。本研究では、海外へ移動し、就労、留学、単身もしくは家族同伴の居住など、さまざまな形態で生活している韓国人をディアスポラとして考え、その生活状況をジェンダーの視点から捉えてみたい。データは2001年7月4日から23日かけて、在フィリピン韓国人社会における主要メンバー26人への聞き取り調査(予備調査)に基づいている。

2.ディアスポラとジェンダーの視点

 ディアスポラという言葉は、ユダヤ人の離散を意味することに使われてきた。しかし、近年では、民族問題が様々な形で生じ、人の移動がより頻繁になるといった状況のなかで、ユダヤ人のみでなく、他の民族の離散・分散や、散在した現象を表す語としてより広義的に使われるようになってきている。新しい用法として、国外追放や迫害を受けていなくとも、海外に住み、強力な集団的アイデンティティを継続的に保持している分散した民族集団をディアスポラと現すようになっている(陳  2002:124、コーエン 2001:59)。

フィリピンにおける韓国人の流入は、第二次世界大戦の時からである。当時、日本軍に徴用されてフィリピンに入国し、終戦後に数人が残留したことから始まった。そして、明確に韓国人社会が形成されるようになったのは、朝鮮戦争に参戦したフィリピン軍人もしくはフィリピン人技術者と韓国人女性との国際結婚により家族が構成されるようになってからである。現在の在フィリピン韓国人社会は、基本的には自由意志で韓国を離れた人々によって構成されている。フィリピンでの生活が駐在員のように韓国と直接的関係のある人々もいれば、自営業を始めるために入国した人々など、さまざまな立場の人々がいる。そこでは、民族的アイデンティティを土台としながら、相互に協力しあうネットワークが形成されており、ディアスポラとしての特徴を見出すことができると考える。その様相をジェンダーの視点から捉える際、まず、海外に移住した韓国人女性の歴史的背景から考えてみたい。

 20世紀始め、海外へ移住が始まった初期、写真結婚という、写真一枚をたよりに渡米した女性たちの存在があった。写真結婚を決断した女性たちは、冒険的でフェミニスト精神を持つパイオニア的な人々であった。彼女たちは渡米以前から、アメリカ人宣教師によって、キリスト教と西洋文化について多くの知識を得、影響を受けていた。外国文化に触れたことで、伝統的な儒教の習慣に縛られ抑圧されてきた自分自身の状況に気がつき、儒教からの解放を求めてハワイに移住することに憧れをいだくようになった。しかし、写真結婚をした女性たちの役割は、家事、家族の世話をすることであった。彼女たちはハワイにおいても、家長が決めたことに従う儒教の価値観から抜け出ることはく、男性に従属的なジェンダー役割は変わらなかった。1965年、アメリカの移民法が改正された後、朝鮮戦争当事に米軍人と結婚し、既に米国に移住した韓国人女性を頼って、親族、友人たちが大挙して流入するチェーンマイグレーションの現象があらわれるようになった。渡米前は非就業者であった女性たちが、移住後から家族経営の自営業を始めたため、女性の就業率が上昇した。しかし、女性たちの役割は家長の父もしくは夫の仕事を補助するものであった。韓国人女性の立場は、海外においても儒教的な家父長制の影響のもと男性に従属的であることが求められてきた。男性が自分の理念や文化、言語を標準的で規範的なものとする中で、そこから疎外された女性は自分の言葉を失い沈黙し「他者化」されてきたが、逆に女性の持つ「周縁性」が、問題の本質を捉える視座を有する可能性が高いため、男性中心の社会・文化構造が生み出した問題に対するオルタナティブを提起する力を持っている(趙  2002)。本研究の目標は、女性の体験や視点を改めて見直し、女性をフィリピンの韓国人社会形成の中心部に位置付け、韓国社会の有様を再構成することである。女性が単に性が違うという理由で担っている役割や彼女たちを取り巻く社会構造について、女性の内面を聞き取り、そこに男性がどう関わっているのかについて考察したい。その方法論として、ディアスポラおよびジェンダーの視点が有効であると考える。

3.日常生活における韓国人のネットワーク

韓国人によって運営されている最大規模の団体はフィリピン韓人会である。この韓人会が毎年、会員の住所録を発行している。このフィリピン韓人会編『2001 韓人会住所録』によれば、マニラ首都圏が858人と最も多く、次にマニラ首都圏近郊が216人、ルソン地方が157人、ビサヤ地方が39人、ミンダナオ地方が33人生活している。住所不明者23人を合わせると合計1,326人である。この韓人会の住所録には家族の代表者の名前が記されている。独身者も登録しているが、各世帯4人家族と計算すると、約4,000人が韓人会の会員として登録していることになるという。特徴的なことはビジネスの中心地マカティ市居住者が257人と最も多い。このマカティ市には、大韓民国大使館、領事館、韓国政府系の大韓貿易投資振興公社・マニラ貿易館(KOTRA)、韓国国際協力団(KOICA)が位置している。マカティ市を中心に各種協議会活動が行われており、各市・地域ごとに韓国人居住者が集住しているところには、韓人会の支部が設置されている。人口集中度の高い地域には、韓国料理の食堂、教会、宣教会、食品店、ホテル、娯楽施設が伴っている。 

4.韓国人社会における協議会活動

韓国人社会において、10の協議会が相互に協力しあいながら活発な活動を行っている。フィリピン韓人会(1969年~)、韓国貿易人協議会(1991年~)、支商社協議会(1996年頃~)、建設協議会(1997年~)、フィリピン韓国婦人会(1994年~)、フィリピン韓人学生協議会(1997年~)、韓国商工会議所(1995年~)、商人協議会(2001年~)、旅行会社協議会(2001年~)、韓国宣教師協議会(1986年~)といったものがある。各協議会は、フィリピン在住韓国人が安心して生活していくことができるように、組織化され、相互に協力しあっていることがわかる。しかしこれらの協議会は、ビジネス関連が主なもので、構成メンバーは男性中心である。女性会員はわずかな人数に過ぎない。女性のための活動としては、婦人会だけである。それもメンバーは既婚者のみである。しかし、実際に個々人の声に耳を傾けてみると、一人一人の女性は、それぞれ主体的に自分自身の生き方を実践していることがわかる。次に2例を紹介する。

5.在フィリピン韓国人女性のライフヒストリー

(1)Aさん(女性、フィリピン人男性と結婚をした韓国人女性、韓国レストラン経営者)

1935年生まれ。北朝鮮に位置するファンへド出身。1946年に避難民としてソウルに移り住む。 

25歳の時、アメリカ軍関係の建設会社に就職。そこでフィリピン人エンジニアと知り合い結婚。

その後、この会社が他の会社に吸収合併され、ベトナムへ進出し、夫婦そろってベトナムへ赴任。やがて息子が生まれ、自宅でもできる仕事をしたいと考えるようになり、1968年に仕事を辞めて、1970年から1971年まで、韓国レストランを開店した。ベトナム戦争が終わると、韓国人が少なくなってきたため、韓国レストランを辞めて、1973年に息子と二人でフィリピンへ渡った。フィリピン人の夫はベトナムでエンジニアの仕事を続けていた。1974年になると、夫がベトナムから帰国したため、一緒に韓国料理店を始めることにした。彼女は、厨房、会計、お客の接待を担当し、夫が買出しの際、運転など外部の仕事を担当した。今後の目標は、韓人会を通して寄付を募って、マンションを購入して、住居兼事務所にも利用できるような、韓国人が集まって生活できる所を作りたい(2001年7月19日にインタビュー)。

(2) Bさん(専業主婦、韓国商工会議所会長の妻)

 在フィリピン15年になる。長男はアメリカの大学に留学中。次男は高校生。次男は中国へ語学留学に行くことや、フィリピン国内では日本語学校にも通っている。彼女は、夫がシンガポール駐在時から海外での生活が始まったが、友達がいなくて、生活にも慣れず孤独な日々だった。しかし、フィリピンでの生活は充実している。フィリピン人はとても優しい。今の生活は、教会の信者同士が集まって聖書の勉強会をすることや、子どものPTA活動などに積極的に参加している(2001年7月18日にインタビュー)。

6.おわりに 

ディアスポラの概念に戻れば、在フィリピン韓国人は、エスニックグループとして強固な繋がりを持ち、民族的な強い集団意識を持って連帯しており、ディアスポラとしての特徴がみられる。韓国人社会内部をみると、男性優位社会が存続している。主要な協議会活動において、その構成メンバーの大半が男性である。フィリピンに入国する目的そのものがビジネスであり、男性の役割とされる職種傾向があることも要因だろう。しかし、個々人のライフヒストリーに耳を傾けると、必ずしも男性に従属する生き方ではなく、フィリピンで自分らしく生きている女性たちの姿がある。現時点では、女性へのインタビュー数に限りがあり、実際にどのような役割をしているのか明らかにするのに限界がある。今後、聞き取りを重ねることで、韓国社会におけるジェンダーが、異国の地においてはどのように変化しているのか、考察をすることを課題としたい。

7.参考文献

ロビン・コーエン(2001)『グローバル・ディアスポラ』明石書店。

趙恵貞(2002)『韓国社会とジェンダー』法政大学出版局。

陳天璽(2001)『華人ディアスポラ――華商のネットワークとアイデンティティ』明石書店。


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新 刊 紹 介


国際高麗学会会員でノンフィクション作家の高賛侑氏が毎日新聞大阪面と阪神面に長期連載している「異郷暮らし(タヒャンサリ)」が1月20日、同名のタイトルで毎日新聞社から出版された。
同連載は2000年10月から始まり、スポーツ、芸術、学術、ビジネス、福祉などさまざまな分野で活躍する在日コリアンの人物像を描いてきた。
今回の本には、「在日する韓国・朝鮮人の肖像」というサブタイトルが付き、プロボクシング世界チャンピオンの洪昌守(徳山昌守)選手、MKグループ・オーナーの兪奉植氏、国際高麗学会会長の宋南先氏など、02年までの2年間に掲載された43人が取り上げられている。
※四六版。285頁。1,600円(税別)。

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〔科学技術部会研究会報告〕

第22回 2002年10月19日(土) 16:00~17:30 OICセンター 会議室

ボトムアップ錯体化学
張 浩 徹

 

金属錯体は金属イオンに有機配位子が配位結合することにより形成されることから、無機化合物の元素の多様性と有機化合物の優れた分子性・設計性が相乗的に組み合わされ、無機化合物や有機化合物が単独では実現不可能な電子状
態や物性、機能性が実現できる。
近年、これら金属錯体のナノスケールオーダーでの集積化は、単独の金属錯体にはない、量子効果に基づく新しい磁性、伝導性及び光学的機能性や触媒、反応性が期待され、新しいナノサイエンスの突破口となり得ると考えられている。フラーレンやナノチューブ類の合成に代表されるようにレーザーを用いた「乾式方」(top-down方式)に対して、ナノ金属錯体は「フラスコ中のナノサイエンス」(bottom-up方式)と考えることができる。また、同スケールのmolecular^device,^molecular^computerを開発する研究は現在のところ、理論的研究が始まっているにすぎないが、実現のためには分子レベルで外部刺激に対して双安定性を示す錯体モジュールの系統的な合成及びそのキャラクタリゼーションが必要不可欠となる。
当研究室ではこれまでに、レドックス活性配位子を有する分子性金属錯体の電荷移動反応により、配位子上で混合原子価状態を示す錯体モジュールを合成し、その結晶構造並びに電子構造について詳細な検討を行ってきた。1-7本発表では、SQ/Cat混合原子価型配位子(SQ=o-セミキノネート,Cat=カテコラート)を有する分子性o-キノン錯体を次世代の分子性記憶素子、または分子性スイッチング材料開発の有用なナノサイズ双安定性錯体モジュールと見なし、その合成と双安定性、及び多相系での集積構造と物性について紹介する。
(1)Chang,H.-C.;Mochizuki,K.;Kitagawa,S.Inorg.^Chem.,2002,41,4444.(2)Chang,Ht-C.and^Kitagawa,S.,Angew.Chem.Int.Ed.Engl.,2002,41,130.(3)Chang,H.-C.and^Kitagawa,S.Mol.Cryst.Liq.Cryst.2002,376,275.(4)Chang,H.-C.;Miyasaka,H.;Kitagawa,S.Inor.^Chem.2001,40,146.(5)Miyasaka,H.;Chang,H.-C.;Mochizuki,K.;Kitagawa,S.Inorg;Chem.,2001,40,3544.(6)Chang,H.-C.;Ishii,T.;Kondo,M.;Kitagawa,S.J.Chem.Soc.,Dalton^Trans.1999,2467.(7)Chang,H.-C.;Kitagawa,S.;Kondo,M.;Ishii,T.,Mol.Cryst.Liq.Cryst.1999,335,183.

(京都大学工学研究科合成・生物化学専攻)


第23回 2002年11月30日(土) 16:30~18:00 OICセンター 会議室

専修学校等におけるXML技術者教育プログラムの開発について
李相春、兪成周、兪成樹

 

 インターネットに対応したデータ記述言語XMLは、電子文書をはじめとするインターネット上での電子データの交換・流通において基盤技術である。その適用範囲は広く、現在様々な分野、業界においてXMLに対応する積極的な取り組みが推し進められている。例えば米国では、企業におけるXMLへの投資予算86%増(対前年比)、XMLを導入する取引先154%増(対前年比)というリサーチ結果もある。また、日本においても地方自治体・中央省庁では500以上のXML関連プロジェクトや研究会が稼動するなど、XMLをめぐる動向は加速度的な展開となっている。
このような状況が進行する中、日本のIT業界では、新しい技術であるXMLに対応できる人材の育成と同時にその技術力の適正な評価が大きなテーマとしてクローズアップされてきた。
技術力の評価については、IT業界の有力企業やXMLコンソーシアムが中心となって、『XML技術者育成推進委員会』が組織され、2001年秋からXML技術の能力を評価する認定制度「XMLマスター」が本格的にスタートしている。この動きにより、産業界が求めるXML技術の水準や範囲が明確化されたことから、IT関連企業では、システムエンジニアやデータベースエンジニアなどのIT技術者はもとより、企画・営業職に対してまで、XML技術の修得を促進する動きが急速に活発化している。
その結果.XML技術の専門的なトレーニングに対する二一ズもまた急速に増大の傾向にある。
高度な職業人訓練を旨とする専修学校にとって、このような産業界の人材育成二一ズに対して明確に応えることは社会的な要請事項と言えるであろう。そのためには、専修学校がIT業界とのアライアンスを図りながら、時代が要求する技術者育成を展開するためのノウハウを早急に蓄積しなければならない。
私たちは大阪情報コンピュータ専門学校に在職しながら、専修学校においてXML技術者育成のためのプログラムを導入して展開している。一方、文部科学省の委託事業である「XML技術者教育プログラムの開発と実証実験」(平成14年度専修学校ITフロンティア教育推進事業)の委員会及び分科会に正式メンバーとして参加し、XML技術者教育プログラムの研究に取り組んでいる。
発表では現在取り組んでいるXML関連カリキュラム内容、および今後の展望について発表する。さらに、愛知朝鮮高級学校において先進的に取り組んでいるXMLの応用についても言及する。
I.大阪情報コンピュータ専門学校におけるXML教育の取り組みについて
1)基礎知識教育
2)基礎技術・技能教育
3)応用システム開発教育
4)今年度前期(4・9月)の実施内容とその結果
Ⅱ.文部科学省委託事業「XML技術者教育プログラムの開発と実証実験」について
1)事業概要
2)事業目的と実施内容
3)予想される成果
Ⅲ.愛知朝鮮高級学校におけるXMLを利用した先進的な取り組みについて

(大阪情報コンピュータ専門学校、愛知朝鮮高級学校)


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〔東日本人文社会科学研究会報告要旨〕

第20回 2002年9月23日(土) 18:00~ 大阪経済法科大学 東京麻布台セミナーハウス 会議室

在日コリアンと公共性
洪 貴 義 


Ⅰ はじめに
Ⅱ タイトルの問題─在日は公共性と対立しているわけではない
Ⅲ 近代世界の領域の分節化による公共性
(古代・中世との比較において〉
A 政治的国家
国民国家(nation=state)福祉国家(welfare^state)ではなく、古典ギリシャモデルの「ポリス」という公的世界⇒H・アーレントの公共性
B (市民)社会
①─bourgeois^societyとしての(市場、私的利益)
ホッブス、ロック、ルソー、へ一ゲル、マルクス
②─civil^societyとしての(アソシエーション、NPO・NGO、新しい社会運動)
ハーバーマスの「市民的公共性」=批判的公共圏(非国家・非市場)
貨幣・権力に媒介されたシステム統合による「生活世界の植民地化」に対する抵抗
C 教育{学校)
近代国家の統治メカニズムとしての近代教育、学校制度に対する批判
D 家族、家庭、ジェンダー/セクシャリティ、身体、親密圏
フェミニズムのスローガン
「個人的なことは政治的なこと」
E 個人(白己像─アイデンティティ)
ラディカルデモクラシーの一類型。アゴーン的多元主義(シャンタル・ムフ)、
ウィリアム・コノリー、キムリッカら。差異の承認
Ⅳ 時間的軸による公共性─歴史認識
A 朝鮮民主主義人民共和国による拉致事件
B 日本による植民地支配
C ヨーロッパによる植民地主義
Ⅴ このような経験から、在日コリアンはどのような普遍的な思想原理を取り出すことが可能か
(立教大学大学院)


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編 集 後 記


☆昨秋以来、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)をめぐる情勢が緊迫するなか、11月に初めて開催された平壌支部学術討論会に日本支部から3名が参加されました。
その一人の高龍秀氏は「巻頭言」で「今回の訪朝と平壌支部との交流は、貴重な体験であったし、多くのことを考えさせられた」と書かれていますが、この報告を読むだけでも、北朝鮮が様々な改革に取り組んでいる様子がうかがわれます。
ぜひ一度、詳細な報告を聞く場が設けられることを望みたいものです。
☆昨年12月に東京で開催された「在日コリアンフォーラム」は、かつてなかった「在日コリアンと公共性」というテーマで議論が交わされた点で非常に興味深いものでした。
特に参加者のなかで20代の青年が多数を占めていたのが印象的で、今後国際高麗学会を一層活性化させていく若々しい息吹を感じさせてくれました。 (K)